今日はPowerPoint作り、また考えの整理をしました。
森村泰昌氏の作品に触発されて、作品づくりを始める
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島でセッティング・シャッターのタイミングなど偶然性を低くした「決めて、撮る」作品制作をする
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撮れた。しかし、「決めて、撮る」という撮影方法に納得していない自分がいる
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家で日常的なセルフポートレイトを制作中
今続けている日常的なセルフポートレイトですが、森村氏の作品とはまたかなり違ったもの。。。
森村泰昌氏は、「日常的」なセルフポートレイトを何故撮らないのか。。。。
こんなことをインタビューで答えています。
「ああ、自分って、こういう人間なのかな」という、自分であることのリアリティを、つかみとることができる。セルフポートレイトとはそういう手法かなと、私は思っています。
私のセルフポートレイト作品は、「自分の日常生活を写真に撮ってみました」というタイプのものではありません。自分以外の「何かになる」という形のセルフポートレイトで、やはり好きなものじゃないと「なる」気になれない。好きであったり、とても気になったり、「えっ?」って思うけれど頭から離れないものだったり、そういうものにグッと近づきたいという気持ちがセルフポートレイトの作品になっているようです。
(HILLS CAST森ビル株式会社)
やはりなにものかに「なる」ことが好きな森村氏。
森村氏と違う方法でセルフポートレイトを撮っている今、どう研究に持っていけるか悩んでいます。
セッティングなどをして「決めて、撮る」セルフポートレイト。
それと、日常の中で自分をできるだけカメラを意識しないように意識しながら撮るセルフポートレイト。
、、悩んでいます。
それと、実は今日、明日と、 東京ビッグサイトで行われるアジア最大級のデザインイベント、デザインフェスタに出展しています。
そこでは、島で撮ったセルフポートレイトを展示しています。
明日また会場に行き、来る人たちとコミュニケーションをしようと思っています。
ではでは、今日のところはこれで。
森村さんの場合、
返信削除「何者かになる」という行為=変身するという行為
これが、彼独自の芸術性につながったんですね。
芸術的行為というのは本当に難しいものです。
森村さん自身も、芸術をやろうとして狙ったわけでなく、淡々と作業をするうちに「何者かに変身する」「何者かになりきる」という制作スタイルが出来上がったんだと思います。
セルフポートレイトというものも、またこれはとても難しいもので、ツィッターやブログに自分自身を表現するのにも似ているかもしれませんね。
セルフポートレイトという表現に限界があるならば、純粋に「写真を撮影する」という原点に、立ち返るというのも、良いかも知れませんね。
by ササキ